HOME > 歴史 > シリーズ日本の第二次世界大戦@ 満州事変と軍の暴走

シリーズ日本の第二次世界大戦@ 満州事変と軍の暴走

タグ:第二次世界大戦  投稿:2018年08月07日
今記事から『シリーズ日本の第二次世界大戦』と題して、7回連続で第二次世界大戦に関する記事を書いていきます。

その1回目は、日本が第二次世界大戦期の戦争に参加する全ての発端となった満州事変と、その満州事変に至った軍の暴走について考えていきます。
この問題を考えるには、『満州とは何なのか?』という根本的な問題についてから説明しなければなりません。
満州は、端的に言えば現在の中国東北部(遼寧省、吉林省、黒竜江省、内モンゴル自治区の東部)で、主に満州族と呼ばれる民族が暮らしていた場所を言うのですが、実はこの満州、かつての中国の国々(王朝)による支配をほとんど受けてきませんでした。
漫画『キングダム』で有名な秦の始皇帝も、遣隋使や遣唐使で有名な随や唐も満州は支配していません。
満州を明確に支配した中国の王朝は元と清ですが、元はモンゴル人による国ですし、清はそもそも満州族が中国全土を支配した国家です。
そのため、満州は今でこそ中国の一部という認識ですが、当時は支配層が曖昧な地域だったと言えます。

満州事変が起きる少し前の満州の状況についても、説明が必要でしょう。
満州族の国家で日本と戦争をしたこともある清は辛亥革命で滅び、その後の中国は中華民国が建国されることになります。
中華民国は清の支配地域の継承を唱えたため、満州も基本的に中華民国が支配することになりますが、政治的な空白から実際には中華民国の軍閥で馬賊の一種でもある張作霖率いる武装組織が、半独立的に満州を実効支配していました。
一方、当時の日本は日露戦争の勝利により、満州の一部である遼東半島の先端地域(関東州)を租借地として支配し、更に南満州鉄道の経営権も有しておりました。
この関東州を実効支配していたのが、大日本帝国陸軍の地域軍である関東軍です。
※ちなみに関東とは、万里の長城の一部である山海関の東側を意味し、言葉の意味としては関の東で関東という意味になります。

満州事変は、この関東軍の主導のもとに行われていきます。
まず、関東軍は満州事変に先駆け、満州の実質的な支配者であった張作霖を電車爆破という形で殺害します。
更に関東軍は、この事件を中国国民党軍の犯行と嘘の発表を行いました。
これは当然、満州進出を狙っての行動です。
そして1931年、関東軍は自ら南満州鉄道を爆破、それを中国軍の犯行と発表し満州へ侵攻します。
張作霖から政権を譲った長男の張学良は、関東軍の侵攻を国際社会に訴えるため無抵抗主義を貫き、結果、関東軍はたったの5ヶ月で満州全体を支配することになりました。
その後、関東軍は満州地域に自らの傀儡政権である満州国を設立し、影で満州国を操ることになります。

これが満州事変であり、この満州事変こそが日本と中国(中華民国)が対立していく発端、更には日本とアメリカが対立していくことにも繋がっていくのです。


この関東軍による満州侵攻は、当初、国際社会であまり問題になりせんでした。
それどころか中華民国すらも大きな反抗活動は起こさなかったのです。
当時の中華民国は、国民党と共産党による内戦が激化していたので、双勢力ともに日本の軍隊を相手にするのは得策ではないと考えていたようです。
他の国も、当時脅威になっていた共産主義を抑えるという名目のもと、関東軍に満州進出を黙認していました。
しかし、蒋介石が指揮いる国民党はこの問題を国際連盟に訴え、国際連盟(リットン調査団)の調査により満州国は認められないとの勧告案が議決され、賛成42票、反対1票(日本)、棄権1票(シャム)、不参加1票(チリ)という圧倒的多数で可決、結果日本は国際連盟を脱退します。(1933年)

更に満州事変は、内戦状態にあった中華民国内の国民党、共産党どちらの勢力にも強い反日感情を生みだします。
結果、それが中国内戦を停止さることに繋がり、更には中華民国が一丸となって日本と戦う原動力にもなり、日中戦争が始まるのです。
そして国際連盟を脱退し中華民国とも戦争状態となった日本は、国際的な協調をヒトラーやムッソリーニという独裁者によるファシズム政権に求め、悪名高い『日独伊三国同盟』が結ばれます。
このように、当時の日本は国際的に孤立していきました。

特に日本における中華民国(満州を含む)での行動に激しく反発したのがアメリカです。
当時は世界中の国々が覇権を争っていた時代ですので、日本が中国内で好き勝手することに対して他の列強国には反発心がありました。
アメリカはヨーロッパ各国に比べれば日本と近い位置にあるので、日本の問題に大きく反応するのは当然です。
また、当時のアメリカが第二次世界大戦への参戦の機を狙っていたという事情もあったことでしょう。
アメリカの参戦に関しては次回記事にするのでここで詳しくは書きませんが、当時の日本は石油を始めとした資源の輸入をアメリカに頼っていたため、資源がなくなれば戦争の維持も国民の生活ができなくなります。
結果、日本は資源を求め東南アジアに進出し太平洋戦争が始まります。

以上のように、第二次世界大戦期における日本の戦争や国際上の諸問題は、全ては満州事変から始まっていると言って過言ではありません。


満州事変が起こった大きな要因が、関東軍の暴走にあったことは誰の目から見ても明らかです。
では、関東軍はなぜ暴走したのでしょうか?
次はこの問題について考えていきます。

当時の日本には、軍隊に関する法体系・政治体系に大きな問題がありました。
以下、その問題について1つ1つ説明していきます。

統帥権の問題
当時の日本軍は、天皇が統帥するということが憲法に記されています。

天皇は陸海軍を統帥す
大日本帝国憲法第11条

これを俗に統帥権と言い、軍は自らを天皇のもとに独立した組織であると考え、そのため内閣の言うことに聞く耳を持ちませんでした。
また、天皇も『君臨すれども統治せず』という考えだったので、軍のやることに口出しすることはなく、軍は自分たちの好き勝手に行動をするようになっていったのです。

地方軍という問題
関東軍は国外にある地方軍であったため、日本からの支配が及びづらく、ただでさえ統帥権の問題がある軍に拍車がかかるかのように暴走していったと考えられます。

内閣総理大臣の権力の弱さ
これは統帥権の話と一部重なりますが、当時の内閣総理大臣は決め方の規定がない他、他の大臣を罷免することもできないほど曖昧で弱い権力しか持ったいませんでした。
もし、閣僚の1人に反対意見の者がいれば、罷免ができないため閣内不一致となり、解散するしかなくなってしまうのです。
満州事変から日中戦争までの6年間で、

若槻禮次郎:1931年4月14日〜1931年12月13日
犬養毅:1931年12月13日〜1932年5月16日
斎藤実:1932年5月26日〜1934年7月8日
岡田啓介:1934年7月8日〜1936年3月9日
広田弘毅:1936年3月9日〜1937年2月2日
林銑十郎:1937年2月2日〜1937年6月4日
近衛文麿:1937年6月4日1939年1月5日

と、これほどまでに内閣総理大臣が変わっている事実は、当時の内閣総理大臣の地位が弱かったことを表しています。
日米開戦時の首相である東条英機は、首相に選任されたとき陸軍の中将で、日本軍の最高階級である大将ではありませんでした。(中将が首相では問題があると判断したため、就任と同時に大将に昇格している)
軍の最高階級ですらない人が総理大臣になっていることも、内閣総理大臣の立場の弱さがわかる事例かと思います。


以上のように、当時の日本の法体系・政治体系には関東軍の暴走を招くような問題があったと指摘せざるを得ません。
政治が軍を指揮するという組織構造(俗に言うシビリアン・コントロール)は、当時の日本にはないに等しい状態だったのです。
そもそも軍隊というものは争いがなければ存在意義がないわけですから、どうしても争いを求めやすい組織になりやすく、そのような組織を抑えるシステムがしっかり整っていなければ、問題が起こることはある意味当たり前とも言えます。

更に当時の日本は、マスコミが戦争を煽り国民が満州を求めるなどといった問題もありました。
また、当然そもそも論として、中国近辺の国際的な緊張の高まりがあったことも事実です。

しかしそのような歴史的事実を考えても、日本のその後の歴史を鑑みれば、満州事変は絶対に起こすべきではなかったと私は思います。

近年の日本には過去の歴史観を修正しようという動きがあり、一部で賛成できる部分もありますが、満州事変は正しかったなどという歴史修正案には断じて賛成することはできません。

【関連記事】
シリーズ日本の第二次世界大戦A アメリカの参戦とハル・ノート
シリーズ日本の第二次世界大戦B 真珠湾攻撃と当時のハワイ
シリーズ日本の第二次世界大戦C 沖縄戦と現在の沖縄
シリーズ日本の第二次世界大戦D 原爆投下と無条件降伏
シリーズ日本の第二次世界大戦E ソ連参戦と北方領土問題
シリーズ日本の第二次世界大戦F 東京裁判と日本の戦争犯罪人

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

昭和陸軍全史(1) 満州事変 (講談社現代新書) [ 川田稔 ]
価格:1080円(税込、送料無料) (2018/8/8時点)

posted by 3 at 23:52 | Comment(0)
この記事へのコメント
コメントを書く
↓お名前

↓メールアドレス(任意・非公開)

↓ホームページアドレス(任意)

↓コメント